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香港の癌患者さん その1

2012/09/24 22:27 に Mitsuko Mikami が投稿   [ 2012/09/27 19:22 に更新しました ]
香港の自然食品店
みそ、しょうゆ、豆類、海藻、雑穀、玄米、梅干しなどのオーガニック食材は香港でも入手可能。
早いもので香港に来てからまもなく1年になろうとしている。当初はほんの2、3ケ月の予定だったので着のみ着のまま、さっと引き上げるはずであったから小さなバッグひとつで来た。

それが今、私の一日は“ジョアサン”(広東語でおはよう)から始まる。毎朝キッチンに行くとそこにはフィリピン人の2人のメイドさんがすでに作り方を覚えて患者さんの為に用意した日替わりの朝食、例えば、みそ汁と玄米のお粥、干ししいたけ等と煮込んだ大麦のお粥、雑穀と野菜のお粥、青リンゴとレーズンと一緒に煮たオートミールやコーンミールなどの事もあるがこれに必ず青菜のおひたしの朝食が用意されている。冬場は玄米もち、よもぎ玄米もちなどみそ汁に入れることもしばしばだ。味噌汁は味噌スープと呼ばれ、味の薄いみそ汁にパセリを浮かべることもある。一応朝食作りは毎朝5時半には起きて仕事を始めるフィリピン人の姉妹に任せ、ここでの私の仕事は患者さんのランチとディナー、それに特別な飲み物を症状に合わせて作ることなどである。

写真右側がマクロを始める前の患者さん。写真左側が次女のシャロン。
2011年LAの病院で治療の副作用を受けていた頃。写真右側がマクロを始める前の患者さん。写真左側が次女のシャロン。
今回の患者さんは私と同い年、58歳の中国人の奥様で悪性脳幹グリオーマ、場所的に多くの神経が集中していて手術は不可能。この手の腫瘍の中でも回復の見込みは最も少ない絶望的なケースなのである。LAに行き、脳神経科の権威の元で半年間治療を受け、彼女のケースは化学的治療には限界がある事がわかったが“諦めない”という家族の強い信念に基ずき、香港に戻って、出合いがあったマクロビオティック食に全てをかけてみることにしたのである。最初に担当したマクロシェフによってマクロ食を始めて4ヶ月目、私にその仕事がバトンタッチされた。そのフランス人シェフのお陰で全てがマクロビオティック食品で整えられていたキッチンで私は楽に仕事を始めることができたのである。

ところが「マクロ食はまずい」、と言って食が進まないというのが最初に直面した問題であった。勿論塩分、油分、糖分全て控え目。味付けは少量のたまりしょうゆ、3年もののみそ、ほんの少々の海塩。 パン、乳製品、卵、肉、果物は勿論のこと今まで大好きだったクラッカーやピーナッツバター付きパン、あわびや点心の数々など一切禁止で毎日玄米、味のない青菜のおひたし、豆の煮物、豆腐がたまに少々、となれば食慾もなくなるだろう。白身の魚をレタスにはさんで週2、3回蒸したものを少々のおしょうゆだけで食べるのがせめてもの彼女の楽しみなのである。とにかくこのグルメの香港人夫人に少しでも美味しく食事を食べてもらう工夫に私は全精力を費やした。

私が彼女の食事作りを始めて4ヶ月程経った時、彼女は病院で総合的な身体チェックを受けることになった。私としては成績表をもらう様な気持ちでその日は朝から落ち着かなかったが結果としては腎臓、肝臓、など一般機能は全て正常、栄養状況も全て良好という驚くべきものであった。それから更に2ヶ月程して今度はMRIを取ることになったのである。これは9ヶ月ぶりとかで結果がわかるのに3日かかるためその間は祈るような気持ちであった。

写真右側が腫瘍が縮小した頃の患者さん。写真左側が長女のカレン。
2011年の冬に撮影。写真右側が腫瘍が縮小した頃の患者さん。写真左側が長女のカレン。
3日後、患者さんは24時間態勢で付ききりのお世話をするナースのうちのふたりとご主人に付き添われ、病院に結果報告を受けに行ったのである。するとなんと以前5センチあった腫瘍が2センチに縮小していたのである。ひどくなっていたらどうしよう、と朝からぼんやりしていた私のもとにお嬢さんから電話が入ったのが午後3時であった。父親はまず最初に娘に電話したのである。興奮しているお嬢さんと携帯で“きゃ~!”と叫びあった。彼女もどんなにか母親の容態を案じていたのだろう。ただ、この写真の解釈がいろいろあるのでその後、ポルトガルなどの複数の専門医に見解を依頼したところこの手の腫瘍の中でも一番回復困難なものでこれが縮小しているのは間違いなく、極めて異例ということであった。当然の事ながらまだ完全に回復しているわけではないので本人にはまだ左半身のまひや歩行困難、話しも自由にはできない、などの症状があり、これからどのような経過を辿るのか、まだ2センチ残っている腫瘍が果たしてこれからどうなるのか、今後次第と言う事になるであろうが油断は禁物なのである。

ただ、ここまで来ると問題は食事だけではないことがわかってきていた。本人の心の持ち方、これが改善に大きな課題になる。どこの家庭でもそうだが問題がいろいろある。こういう難しい癌ができるには家族とのつながり、過去における様々な複雑な原因があってのことだ。そこに自分自身の大きな気づきと反省がなくてはならない。あくまでも病気を直すのは自分である。こちらは手伝う事しかできない。このような厳しい状況の現場を長期間預かるのはきついものがあるが私にとって毎日が学習であり、新しい発見の連続である。(続く)
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