トピックス‎ > ‎

ドバイ滞在記

2014/12/09 21:39 に Mitsuko Mikami が投稿   [ 2014/12/09 21:51 に更新しました ]
Dubai01
 成田からエミレーツ航空の直行便で約12時間。ドバイ空港に到着したのは午前4時。だだっ広い空港では黒いアバヤで全身を覆った女性たちがかたまってひそひそとおしゃべりをしていたり、逆に男性は白のカンデゥーラを身をまとい、頭にバンドのようなものを巻いた出で立ちで闊歩している。まるで陰陽の世界。同じ飛行機に乗っていた乗客は一体どこへ消えたものやら、気がついたら私はひとり。静まり返った広い空間(時間的な問題か?)をひたすら歩いて、バッゲージクレームに辿りつくも、そこにも人はほとんどおらず、自分の荷物を回転台から引き摺り下ろし、ようやく出口にたどり着く。出口付近の椅子に座って待つ事1時間半。さすがに落ち着かなくなり、電話をしてみよう、とテレフォンカードを購入し、公衆電話から電話しようとしていたちょうどそのとき、ようやくお迎えが現れた。途中道路が工事中で通行止めとなり、大変な遠回りを強いられたそう。

 この度の患者さんは3児の母である。数年前に乳癌を切除し、その後抗ガン剤治療を受けていたが途中で止めていた。3ヶ月ほど前に、癌が肺や背骨、腰骨にまで転移しているのが判明し、治療を再開。友人の紹介で以前からマクロビオティックを勧められてはいたものの、ドバイでは食材の入手も困難とあってなかなかとりかかれないでいた。私とメールのやりとりを始めた時は、医者から「治療をしても長くて6年の命」と宣告を受けたばかりで、さらに薬による極陰の影響も作用し、精神的に最悪の状況に落ち込んでいた。そもそも癌が再発したということは原因が解消されていない証拠である。私は彼女とスカイプで話して、食べ物よりもさらに根本的な心的要因に起因しているのに気がついた。心的な要因、それは考え方やネガティブな感情の蓄積、ゆがんでできた感情の癖などの総体であるのだが、それに正面から向き合って正すことなく、理屈もわからず半信半疑のまま食だけを言われるがままに正してみたところで決して長続きするわけもなく、再発を繰り返すだけである。心と体は一心同体。読んで字のごとく病気とは気が病んでいることを意味するので、内臓自体が根本的に悪いわけではない。特定の内臓を悪くしているのは、心的な要因による気の滞りが特定箇所に巣くうことで、それが現象化したものであり、病気とは、心と体が乖離している異常に察知するよう導いてくれている有難い警告だと思う。実際そこに気づき、意識を改善しただけで癌が無くなった人を何人か知っている。現象界に現れてくるものは全て固有の波動から成る意識と意思を持っている。無自覚のままに自分の体を痛めつけている原因、すなわち病気の真意を読み解くために、そこに向き合い、理解し、解きほぐし、反省し、そして最終的にあるがままへの感謝に至ることなくして良い結果を得るのは難しい。現象の排除のみに躍起となり、技術的な処置を他人に依存しても根本的な解決にはならない。他人にはある程度の助けはできても病気を最終的に治すのは本人である。本人が全ての鍵を握っているのだ。

 事前のメールでのやりとりで、私は、彼女の蓄積した不満や怒り、諦めなどのネガティブな面を引き出し、徹底的に光をあてることを試みた。一体何十回メールのやり取りをしたことだろう。プライドの高い彼女が意外にも私には素直で、自分の内面をさらけ出してくるのに時間はかからなかった。病気と癌とに自分の思いや感情が重なっていることに思い当たる節があったようだ。そして職場からも「あなたが言ったことを考えている」と短い時間を使って返信してきた。その頃ちょうどガンの定期検査を受けに行くというので、「奇跡が起きているよう祈っている」とメールを返した。その数日後、彼女から全文大文字で書かれたメールが届いた。検査の結果、なんと背骨に8個もあったがん細胞が2個に減り、肺にあったものと骨盤にあったものも激減していることが判明したという。むろん抗がん剤が短期間で効いたのかもしれなかったが、内面的な整理がもたらす効能を実感した彼女は、そのとき以来私のことを「ソウルメイト」と呼ぶようになった。そして私の滞在時期を半ば強引に決め、それに合わせて自らも休暇を取得し、電子メールで航空券を送ってきたのだ。これが今回のドバイ行きのいきさつである。もちろん「気」の修正と維持には食の見直しは欠かせない。今回は2週間という短期間なので現地に行く前に彼女の状態が良くなっているということは、向こうに着いてからの作業が格段にやりやすくなったわけで、気分的にかなり楽になった。必要な食材が向こうで手に入るかと聞いても、名前もわからずパッケージを見ても見分けがつかないという。砂漠のため生鮮食品のほとんどは輸入に頼っており、オーガニック食材の確保も簡単ではない上に、あったとしてもひどく高いらしい。特にレンコン、ゴボウの入手は難しく、私のドバイ行きのトランクはオーサワで購入した食材でいっぱいになった。

 ドバイはアラブ首長国連邦(UAE)第2の都市。政治の中心である首都アブダビの街はアラビア湾に浮かぶ大小の島々で構成されている。経済の中心はドバイであり、世界一の高さを誇る尖塔(828メートル)や世界一の規模を誇るショッピングモールや水族館、7つ星ホテルなどもあり、ドバイはとにかく世界一が好きらしい。砂漠の国であるから食料品はほとんど輸入品に頼っており、輸入先は多岐にわたる。

 滞在中、患者さんに付き添ってドバイ一と言われる病院を2回訪れた。彼女の抗がん剤治療のためである。1回の費用は40万円という。香港にいた時には香港一という病院に何度も通ったのでドバイ一の病院とははたしてどんなところかという興味もあった。1階ロビーは5つ星ホテルのよう。受付にある薬はアートのように美しく陳列されている。そこの家の6歳の次男は放っておけば治りそうな湿疹がひざにできていた。ママの治療に4、5時間かかるので、その間2階の皮膚科に連れて行くことになった。病院とは思えないほどおしゃれなエレベーターで2階の外来に行く。予約制のためか、人はほとんどおらず、病院につきものの忙しそうな看護婦さんの姿すら見当たらない。いくつもの現代アートが展示された部屋のゴージャスなソファに座って待っていると、次に先生の部屋に案内された。子供の身長、体重を測ったりしながら、待つことしばし、まもなく先生と思われる人が現れた。これがまたファッション誌から飛び出てきたような長身美人でびっくり!長男は患部にコールドスプレーをかけてもらい2週間後にまた来院するように言われていた。診療代3万円なり。さすがはドバイの病院である。

 抗ガン剤治療を受ける彼女はといえば、治療の前日は美容師を家に呼んで髪をカット、カラーしたり、ネイルサロンに出かけたりとオシャレに余念がない。モチベーションを上げるためか、コーディネイトのためか、なぜか黄色のハンドバッグまで買ってきた。そして当日はヒールの高い靴を履いて颯爽と出かけるのだ。確かに病院とはいえ、あんなオシャレな場所に病人といえども、だらしない格好でヨタヨタ行けたものではないのかもしれない。自分なりにテンションを上げる必要もあるのだろう。当然のことながら個人的には抗がん剤治療には反対ではあるものの、最終的にはそれは本人が決めること。個人的な考えを十分に説明した後ではそれ以上、化学物質は良くないだの、あれダメこれダメとネガティブな事を言って混乱させるのはかえって良くないと思い、細かい事には目をつぶり、彼女のあるがままを受け入れる事にした。治療の後は、吐き気も抜け毛もなく、開放感からか、行く前よりも生き生きとして元気になり、さっさと歩いて戻ってきたのであった。抗ガン剤治療を受けることを決めたのは、この夏、ギリシャ旅行中に人の内面が見えるという超高齢のヒーラーのおじいさんから、彼女の場合「医者のアドバイスに従えば病気は回復する」とのメッセージを受け取ったという特別な理由によるそうだ。実際のところ、同じくセルビア人のマクロビオティックの指導者からは、病院での治療は直ちに止めるよう、きつく言われ、彼女自身かなり迷いがあったようだ。でも、自分で100%マクロビオティックの食事を作って食べるほどマクロビオティックを理解しているわけでもなく、加えて料理をする自信もない。そこで病院での治療と併用してマクロビオティックの食事をできる限り取り入れることを決めたという。抗ガン剤を受けると決めた以上、私は心構えとして治療中、薬に感謝し、さらに治療を受けることのできる自分とその境遇に感謝し、また治療によって全快するイメージを強くもつようアドバイスした。

Dubai02
 彼女は薬の作用で落ち込みがちな気分を転換するのにプライベートビーチに行ってリラックスするのを好んだ。特にこういうまとまった休暇は稀なためか、子供の習い事がない日には夕方からメイドのマーロウも連れて夜までビーチで過ごしたりした。日中は暑すぎるので、朝7時半に子供を学校に送ったあと、すぐビーチに向かうこともあった。朝のビーチは白い砂がキラキラと光り輝き、明るい太陽と真っ青な空が絵に描いたように美しかった。私たち以外に誰もいない海岸を裸足で歩きながら、波打ち際に打ち上げられたきれいな貝殻を年甲斐もなくいくつも拾った。アラビア湾に沈む夕日と、それから浮かび上がる満月もこの上なく美しい。砂浜では白黒の衣装に身を包んだ男女がデートしていたり、子供や犬が遊んでいたり、平和な光景が展開されていた。彼女はホテルが貸してくれる大きなバスタオルをお腹にかけ、ビキニで長椅子に横たわって子供たちを眺めながらにこやかにしていた。私はといえば彼女の長女と一緒に波と戯れながら白い砂浜を裸足で歩き廻った。病気のことは子供には内緒のようだが、子供は敏感だからもちろん異常は察知しているし、私が行ってから明らかにママの様子が落ち着いて、明るくなっているのを感じるからか、子供たちは(犬も)私にとても懐いて慕ってくれた。さて、この夫婦は職業上電磁波を強く発する計器に囲まれ、ストレスを多く受ける。旦那さんも物わかりのよい、賢い人である。ただ、職場の同志としての延長で、家庭でもときおり強い口調で口論しているのをみて、話し合いの必要を感じた。彼女が今置かれている状況をもっと理解し、せめて抗がん剤治療が終わるまではすべてを受け止め、優しく接してあげて欲しいとマクロビオティックの陰陽理論を基本に彼女の精神状態などを説明した。それからというもの旦那さんの態度が大きく変わり、ピリピリした家の雰囲気がかなり和らいだ。

 お手当のドリンクや生姜湿布、クロロフィルプラスター、子供たちのためにはマクロビオティックのケーキやクッキーなど、たくさんのレシピをフィリピン人のメイドさんに教えた。頭の良い彼女は本質を瞬時にマスターし、特にケーキはとても上手に焼くようになった。奥さんが留守の間、彼女が一人で家を切り盛りする。ベビーや子供たちと夜も同じ部屋で寝るので夜中に何度も起こされ、睡眠不足のこともあるという。しかし、もちろん昼寝をする間もない。私が滞在中の2週間、一度も休みがないという過酷な状況であった。一人息子を自分の母親に預け、フィリピンに送金するために今日も元気に働いているだろう。よその家に入ると、それぞれの家庭を観察する機会に恵まれる。そして幸せとは心の持ち方ひとつであることをいつも痛感する。

 2週間はあっという間に過ぎ、帰国の日がやってきた。当日、空港へ送ってくれるはずだった旦那さんは夜勤になったため、午前3時のフライトに間に合うようタクシーを手配してくれた。夜10時頃、まだ寝ていなかった次男と旦那さんと、私の部屋でよくいびきをかいて寝ていた犬に見送られ空港へ向かった。

 最近の彼女からのメールでは4月に家族で日本に遊びに来るから会いたいという。まだ全部の治療を終えていないが、2月にはヨーロッパでマクロビオティックの勉強を希望しており、その手配を頼まれた。事と次第によっては今の仕事を辞め、故郷に帰り、マクロビオティック関係の仕事をする可能性を模索しているようだ。何はともあれまずは体を完治してから。そしたら本を書き、人に食の重要性を伝えたいという。頭の良い彼女のことだからきっと実現できるだろう。楽しみに応援し、見守っていきたいと思う。